「魚の李太白」(谷崎潤一郎)

むしろ、「文学的じゃれ合い」。

「魚の李太白」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅦ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅦ」中公文庫

親友の春江から
結婚祝いとして贈られた
「緋ぢりめんの鯛」。
着物の裏にするとよいという
義母の言いつけにしたがって、
桃子がそれを解こうとすると、
鯛が「痛い」とささやく。
「緋ぢりめんの美しい肌を
剥がされるのが
悲しい」のだという…。

これはいったい何なのか?
谷崎潤一郎らしからぬ作品です。
童話のようにも思えるし、
何かのメタファーのようにも思えるし、
単なる悪ふざけのようにも思えます。
谷崎作品の中では異色の短篇なのです。

〔登場人物〕
春江
…親友の桃子への結婚祝いとして
 「緋ぢりめんの鯛」を贈る。
玉や
…春江の家の女中。
(春江の)「お母様」
…春江の見つけてきた
 「緋ぢりめんの鯛」を褒める。
桃子
…春江の親友。結婚祝いに
 「緋ぢりめんの鯛」を贈られる。
(桃子の結婚相手の)「お母様」
…「緋ぢりめんの鯛」を解いて
 着物の裏にすることを提案する。
「緋ぢりめんの鯛」
…緋ぢりめんで編み上げた鯛。
 自分は「李太白」であると言い張る。

今日のオススメ!

本作品の異色さ①
これは童話か?

しゃべる「緋ぢりめんの鯛」
そもそも「緋ぢりめんの鯛」が
話すのですから、
非現実も甚だしいところです。
童話か、あるいはSFか、
もしくはファンタジーか、
そのいずれかしかないのですが、
そのいずれでもなさそうなのです。
童話では決してないでしょう。
子ども向けのメッセージなどは
微塵もありません。
何しろ最後には「酒の海」だの
「李太白」(古代中国の酒豪)だの
言い始めるのですから。
かといって、SFでもありません。
科学的根拠などなく、
「緋ぢりめんの鯛」がしゃべって、
それを当たり前のように
桃子が受け止めているだけですから。
だからといって
ファンタジーでもありません。
心が温まる何ものもないからです。

本作品の異色さ②
何かのメタファーか?

結婚は人生の墓場?
次に考えられるのは、何かの
「メタファー」であるということです。
登場人物が非現実を当たり前のように
受け止めている設定は、
多くの場合が何かを「暗喩」した
物語であることが多いのです。
結婚して他家へ嫁いだ女性が、
親友から贈られた「緋ぢりめんの鯛」を
ほぐすよう姑から言われたのは、
至極当然のようにも思えるのですが、
穿った見方をすれば、
「いつまでもお祝い気分ではない」
「もうこの家に来たのだから
過去は捨てろ」と言われていると
考えることもできます。
「結婚は人生の墓場」という考え方が、
大正期にすでに存在していたかどうかは
知りませんが、
そうしたメタファーである可能性も
考えてみました。

本作品の異色さ③
これは悪ふざけか?

酒の海に泳ぐ李太白?
が、どう考えても
そうでもなさそうです。
冒頭からふざけています。
「むかしむかし、まずある所に、
 ――と、普通のお伽噺なら
 斯う書くのが当り前ですが、
 どっこいそうは行きません」

そして、前半部では
春江の記述が詳細を極め、あたかも
春江が主人公であるかと思わせて、
後半部では
桃子と「緋ぢりめんの鯛」の物語となり、
春江は登場しないのです。
前半部は現実を詳しく書き連ね、
後半で摩訶不思議な筋書きに移る。
なんと人を食った、いや、
読み手を食った作品でしょう。

さらに、「鯛」の告白は、
次第に悪ふざけの度合いが
増していきます。
桃子が「李太白」の話を持ち出すと、
「あの、佐藤春夫と云う男の書いた
 「李太白」を
 お読み遊ばしたんですね。
 あの男の書いた話は、
 あれはみんな好い加減な
 出鱈目でございますよ。
 あの男の云う事なんぞを、
 うっかり信用なすっては
 いけません」

結局、悪ふざけなのです。
佐藤春夫の書いた
「李太白」という作品をあげつらって
コントを創り上げただけなのです。
佐藤が昔話として書いたのに対して、
谷崎は「大正の聖代」
つまりごく最近の話
(本作品発表は大正7年)として
披露しているのです。

では、谷崎と佐藤との関係は、
この時期、
いったいどうなっていたのか?
例の「小田原事件」は
大正10年のことであり、
この時期は、二人の関係は
きわめて良好だったのです。
そう考えると、
「悪ふざけ」というよりはむしろ、
「文学的じゃれ合い」といった
ところなのでしょうか。

いずれにしても谷崎にしては
異色の作品であることには
違いありません。
読んで愉しむのが
得策というものでしょう。
文学鑑賞は、だから面白いのです。

〔「潤一郎ラビリンスⅦ」〕
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